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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)938号 判決 1969年7月07日

原告

伊藤寿子

ほか三名

被告

名古屋鉄道株式会社

ほか一名

主文

被告らは、各自、原告伊藤寿子に対し金一七〇万円、原告伊藤達美に対し、金二七〇万円、原告伊藤晶、同伊藤わきに対し、各金一〇万円宛および、いずれも、これに対する昭和四二年四月一四日以降各完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、五分し、その四を原告らの、その一を被告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分につき仮に執行することができる。

事実

一、当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、被告らは、各自原告伊藤寿子に対し金五四〇万三九六〇円、原告伊藤達美に対し金八二〇万円、原告伊藤晶、同伊藤わきに対し各金一〇〇万円宛並びに、いずれも、これに対する訴状送達の翌日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者の主張

(原告の請求原因)

(一)  原告寿子は、訴外亡伊藤達高(以下、被害者という)の妻であり、原告達美は被害者の長女、原告晶、同わきは被害者の両親である。

(二)  本件事故の状況

(1) 被告小林盛人(以下、被告小林という)は、昭和四二年一月一四日午后六時五分頃、名古屋市中区錦三丁目二番九号先通称桜通(以下本件道路という)上において、営業用大型バス(名古屋2う三七一号)(以下加害車という)を運転して西進中、折から、名鉄バス東桜通停留所より六時七分発旭団地行のバスに乗るため、桜通と南北に交差するいわゆる「呉服通り」から、右交差点上の横断歩道若しくはそれに近接する西側の路上を南から北に横断中の被害者に衝突し、転倒せしめて、そのまま約四五メートルにわたり引きずり、よつて同人に対し頭蓋内出血、胸腹部圧挫傷、胸腹腔内出血、頭蓋骨々折、両側肋骨多発骨折、顔面頭部擦過創、左腕関節脱臼、左手挫創、左腰部挫傷兼挫創、右肩胛骨々折等の傷害を負わせ、同日午后六時二〇分死亡させた。

なお、同日、被害者が勤務先の会社を退社後の行動を追跡すると、被害者は前記の如く東桜町バス停午後六時七分発の旭団地行バスに乗車すべく、午後六時五分頃、呉服通りを徒歩で北上し、右交差点の横断歩道ないしはその附近から本件道路を北に横断して、右バス停に至らんとしたことが明かになつている。すなわち被害者が被告の主張する如く呉服通りから西方約四〇余米の横断歩道でもない本件道路上を北に横断すべき何らの必然性も存しないのである。換言すると、加害車は右横断歩道附近を横断中の被害者をはねとばして車輪でひつかけて四〇米余を引きずつたものと認めるのが当時の事情に最も符合するのである。このことは被害者の着衣の破損状況によつても自ら推認できる。

(2) 本件事故は被告小林の過失により発生したものである。すなわち、同被告は被害者が加害車の前方路上を横断しているのを発見したが、被害者が、そのまま横断するものと考え加速進行した。ところが、その際、同被告は、前方注視義務を怠つたため、被害者が、折から本件道路を西進してきた他車を避けるため、後退したことに気付かず、ために、加害車の左前部を同人に激突させたものである。

(三)  被告らの責任

被告小林は不法行為者として原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。また、被告名古屋鉄道株式会社(以下被告会社という)は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供しているものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条に基く責任があることは勿論、被告小林は被告会社の事業の執行中に本件事故を惹起したものであるから、被告会社は使用者責任をも免れることはできない。

(四)  損害

(1) 被害者の逸失利益

被害者は本件事故当時三一才(昭和一一年一月一日生)であり、訴外三栄商事株式会社に、昭和二九年四月一〇日より勤務し、当時化繊課長代理の役職にあり、月額金五万二〇〇〇円の給料及び毎年六月末と一二月末には、それぞれ、少なくとも給料の二ケ月分相当額の賞与を得ており、年収金八三万二〇〇〇円をあげていた。ところで、被害者の健康状態及び職種に徴すると、被害者は六五才までの三四年間は就労可能であつたものと認められる。そして、被害者の生活費は一ケ月平均金一万二〇〇〇円以下であつたから(年間生活費は金一四万四〇〇〇円)、結局、年間純収益は金六八万八〇〇〇円となるがこれにホフマン式計算法を施し、本件事故発生当時の一時払額に換算すると、右逸失利益は金一三四五万三〇一四円となる(六八万八〇〇〇円×一九五五三八)。

(2) 被害者の慰藉料

被害者は、前記会社に入社以来仕事に精励し、将来同社の重要な幹部として嘱望され、事故当時は、前記の如く化繊課長代理として活躍していたところ、突然の事故により、死亡するに至つたその精神的苦痛は甚大であり、これが慰藉料は、少なくとも金八〇万円とするのが相当である。

(3) 原告寿子の損害

原告寿子は、被害者の葬儀費金二八万三二九〇円及び事故処置費用金二万〇六七〇円を支払い同額の損害を受けた。

(4) 原告ら固有の慰藉料

原告らは、被害者の妻子および両親として、被害者の死亡により蒙つた精神的苦痛は、はかり知れないものがある。特に、原告寿子は、突如、一家の支柱である夫を失い、当時妊娠三ケ月であつたが、本件事故によるショックにより流産し、四二年二月一日より同月八日まで国立病院に入院した程であり毎日悲嘆のどん底にある。このような事情に、被告らの不誠実な態度を参酌すると、原告寿子の慰藉料は金一五〇万円とするが相当である。また、父を奪われた原告達美の慰藉料、子を失つた原告晶、同わきの慰藉料は、それぞれ、金一〇〇万円となすべきである。

(5) 原告寿子および同達美は、被害者の得べかりし利益の喪失による損害金一三四五万三〇一四円の内金一〇〇〇万円及び慰藉料金八〇万円、合計金一〇八〇万円を相続分に応じ相続した。

よつて、ここに被告ら各自に対し、原告寿子は右相続にかかる金三六〇万円、葬儀費金二八万三二九〇円事故処置費用金二万〇六七〇円、慰藉料金一五〇万円の合計金五四〇万三九六〇円、原告達美は右相続にかかる金七二〇万円慰藉料金一〇〇万円、合計金八二〇万円、原告晶及び同わきは、慰藉料金一〇〇万円宛並びに、いずれも、これに対する訴状送達の翌日である昭和四二年四月一四日以降支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(一)  請求原因(一)項は認める。同(二)項(1)のうち、昭和四二年一月一四日本件道路上において、被告小林運転の加害車が本件道路を横断中の被害者に衝突し、ために、被害者が原告主張の如く死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。本件事故発生の時間は午後六時五分頃ではなくして午後六時一五分頃であり、また、衝突地点は、原告主張の横断歩道上ではなくして、これより約四二米西方の本件道路上である。このことは、右地点に血滴がまとまつて落ちており、また、ボタン或は眼鏡が落ちていたこと並びに、名古屋駅前発旭団地行定期バスは定時たる午後六時六分東桜通停留所を出発しているところ、右バスの運転手は本件事故を現認していないのであるから、本件事故の発生は右バス発車後である事実等によつても、これを窺うことができる。すなわち、被害者は右の如く同日午後六時一五分頃本件道路上のグリーンベルトより本件道路を南から北に横断しようとして、右衝突地点で加害車左前部に衝突し、転倒して加害車の前車輪の中間に倒れ込み、直ちに停車した同車の左後車輪に押出されたものである(原告主張のように、原告主張の衝突地点から約四五メートルにわたり、被害者を引きずるようなことは不可能である。)。

同(二)項(2)の被告小林の過失の点は否認する。

同(四)項の損害は争う。

(二)  本件事故は被害者の一方的過失に基いて発生したものである。すなわち、前記の如く、被害者は四〇米余東方の地点に横断歩道があるにも拘わらず、横断歩道でないところを小走りに横断しようとしていたのであるが、被告小林としては、被害者がそのまま横断をつづけるものと考え、さしたる危険を感じなかつたところ、加害車が近接して突如被害者が引返して、加害車の進路直前に飛出したため、被告小林は、直ちに急停車したが及ばなかつたものである。してみると、本件事故は、あげて、被害者の過失に起因して発生したもので、被告小林には何らの過失も見出し難い。仮に、しからずとしても、被告小林の過失に比し、被害者の過失は大であるものというべきである。

三、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の状況

(一)  被告小林が、昭和四二年一月一四日午後六時過頃名古屋市中区錦三丁目二番九号先附近の本件道路上において、加害車を運転して西進中、本件道路を南から北に横断していた被害者に激突し、ために、同人が頭蓋内出血、胸腹部圧挫傷、頭蓋骨々折等の傷害を負い、よつて同日午後六時二〇分死亡した事実は当事者間に争いがない(発生時間、衝突地点等については後述)。

(二)  〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、前記場所を東西に通ずる国道一九号線(所謂、桜通り)と、同所附近でこれと南北に交差する所謂呉服通りとの交差点(信号機は設置されておらず、桜通り上の横断歩道は交差点の東側に設けられている)から西方約四二米の桜通り上である。右桜通りは両側に約六米の歩道があり、車道は、巾員三七米の完全舗装、平担直線な道路で、センターラインを中心にして、それぞれ、三通行帯に区分され、それぞれ、歩道の端から五・五米の位置に巾員二米のグリーンベルトが設置されている。本件道路は見透しはよいが、名古屋市内でも有数な交通頻繁な道路である。そして、グリーンベルトの内側(歩道寄り)(緩行車道)は、原則として、路線バスと二輪車が走行するよう指導されていた。

(2)  被告小林は、加害車を運転して本件道路の緩行車道を時速約二〇粁で西進して本件交差点に進入し、同所で緩行車道から疾走車線に出て、グリーンベルトの北端から約三米の地点附近を徐々に加速しつつ進行し、同日午後六時一五分頃、右交差点の前記横断歩道の西端から約三〇米西方の地点にさしかかつたところ、加害車の進路の前方約一二米(前記グリーンベルトの北端から約二・七米の疾走車線上)に、顔を北にして南から北に向い小走りで本件道路を横断している被害者を認めた。

しかし、同被告は、加害車が被害者に接近するまでに、完全に被害者が加害車の進路の横断を終るものと考え、警笛も吹鳴せず、依然時速約三〇粁で被害者の後方を通過しようとした。ところが、加害車が約四・五米に接近した際、突如、被害者が、他の直進車を避けるため、小走りで南に引返し始めたため、同被告は直ちに急制動の措置をとつたが間に合わず、加害車左前部を被害者に衝突させて転倒せしめ、加害車の左後輪により、同人を轢過した。

前掲各証拠中右認定に反する部分は、にわかに採用し難い。

〔証拠略〕を以てしても、未だ、衝突地点及びその時刻が原告主張の如きであることを認めるには不十分であり、他に、原告主張事実を認めて前記認定を左右するに足る証左はない。

前認定事実に基き被告小林の過失について考えるに、前状況の下において、自動車運転手としては、横断者との接触事故を避けるため直ちに警笛を吹鳴して警告し、或は減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき義務があり、かつまた、仮令、自車が接近するまでに横断者が自己の進路を通過し得るものと判断したにしても、本件道路の車道巾員は三七米、中央の疾走車線のみでも二二米の巾があり、かつ、交通の極めて頻繁な地点であるから、横断歩道でない車道上の横断を開始した歩行者が、中途にして横断を断念して引返えすことも十分に予測されるところであるから、自動車運転者としては、依然、警笛を吹鳴して警告するとともに、横断者の挙措態度に応じて適宜の措置をとり得るよう減速徐行して進行すべき注意義務があるものといわねばならない。しかるに、同被告はこれを怠り、加害車が被害者に接近するまでに、同人は優に自己の進路を通過し終つているものと軽信し、警笛も吹鳴せず、かつ、減速徐行もしないで、まん然、時速約三〇粁で進行したことは同被告の過失といわねばならない。

尤も、前掲各証拠によれば、被害者にも過失が存したことは否定すべくもないところである。すなわち、本件事故現場より約四〇数米東方には、横断歩道が設置されていたのであるから、歩行者としては、右横断歩道上を歩行すべきは当然であり、万一、横断歩道に非ざる場所を横断するには、車輛がとぎれるのを待ち万全の注意を払つて横断を開始し、横断途中においても十分左右の安全を確認し迅速に横断を了し、さらには、車輛の進行を防害しないよう時宜に適した横断方法をとるべき注意義務があるものというべきところ、被害者は著しくこれを怠り、横断歩道から四〇数米の地点で横断を開始し、さらに、横断途中の判断を誤り、加害車が至近距離に迫つて、突然、加害車の進路上に引き返したことが明かであり、畢竟、本件事故は、被害者のこの重過失が、被告小林の前記過失と相まつて、遂に、これを発生させるに至つたものというべきである。

二、帰責事由

被告小林は不法行為者として、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。また、被告会社が加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは被告会社の明かに争わないところであるからこれを自白したものと看做すべく、右事実によれば、被告会社は自賠法三条に基き右損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

(一)  被害者の逸失利益

〔証拠略〕を総合すれば、本件事故当時、被害者は三栄商事株式会社に勤務し、同会社の課長代理の役職にあり年間少くとも七九万五四五〇円の収入を得ていた事実が認められる。そして、本件各証拠と総理府統計局発表の「昭和四〇年度家計調査年報」を彼此対比し、前認定の収入額および家族構成を彼此総合すると、被害者の年間生活費は金一八万円と推認するのが相当であるから、同人の年間純収益は金六一万五四五〇円となる。

そして、〔証拠略〕によれば、被害者は当時三一才であつたことは明白であり、同人の健康状態、生活環境及び職種に徴すると、同人は六三才頃までの三二年間十分に稼働し得たものと認められる。そこで、これにホフマン式計算法を施し、本件事故発生当時の一時払額に換算すると金一一五七万四一五二円となるが、被害者の前記過失を斟酌し、これを金三五〇万円に減額すべきである。

(二)  被害者の慰藉料

被害者が、本件事故により若い生命を絶たれたことによる精神的苦痛に対する慰藉料は、同人の家庭環境、生前の地位本件事故の態様、当事者双方の過失の程度その他諸般の事情を参酌するときは金四〇万円とするのが相当である。

原告寿子が被害者の妻、原告達美がその子であることは当事者間に争がないから、右原告両名は、被害者の死亡により相続分に応じ、右合計三九〇万円の債権を相続したこととなるから、右は、原告寿子に金一三〇万円、同達美に金二六〇万円が承継されたことになる。

(三)  葬儀費

〔証拠略〕によれば、原告寿子は、葬儀費等として原告主張の金三〇万三九六〇円以上を支払つたことが認められるから、右は、もとより、同原告の損害とすべきであるが、被害者の前記過失を斟酌してこれを金一〇万円に減額すべきである。

(四)  原告らの固有の慰藉料

原告らが、被害者の死亡により、その妻子及び両親(原告晶、同きわが被害者の実親であることは当時者間に争がない)として多大の精神的苦痛を蒙つたことは見易き事理であり、原告らの家庭状況、本件事故の態様、当事者双方の過失の程度、原告が慰藉料算定の基礎として主張する事実関係に諸般の事情を彼此総合すると、原告らに対する慰藉料は、原告寿子については金三〇万円、原告達美、同晶、同わきについては、いずれも、各金一〇万円宛とするのが相当である。

四、結論

上来説示のとおりであつて、原告らの本訴請求は被告ら各自に対し、原告寿子においては金一七〇万円、原告達美においては金二七〇万円、原告晶及び同わきにおいては、それぞれ金一〇万円宛および、いずれも、これに対する訴状送達の翌日たること本件記録上明白な昭和四二年四月一四日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく、民訴法九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 可知鴻平)

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